シン・ゴジラ感想(ネタバレあり)

※この記事には映画「シン・ゴジラ」の内容に関する記述が含まれています。

シン・ゴジラ。封切り2日目に見て、そのあともう1回、都合2回鑑賞しました。すばらしかったですね。もうそろそろネタバレに対してうるさいことも言われないだろうし、以下の記事を読んだのをきっかけに自分も感じたことを書いておこうかなと思ったりしました。

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コントロールされたリアリティ

最初に言っておくと、この映画におけるリアリティとは、追求されるものではなくコントロールされるものだったのだろうと、わたしは思っています。完全なるリアリティを追求してしまっては、ゴジラが出てくる隙すらもなくなってしまうので、当然ではありますが。ですから、リアリティが低い場面があるということが、映画自体の評価にはつながらないと思っています。

映画の中で、ゴジラは大きく分けて3回動きますが、1回ごとにリアリティのレベルは、観客に悟られないように徐々に下げようとしているように見えました。在来線爆弾の走る線路の上に瓦礫が落ちていないのはなぜだ、というようなことは何回か映画を見るうちに気になってくるわけですが、リアリティの低下は物語の進行上ゆっくりと進んでいくので、初回鑑賞時には全然気にならない。したがって、こうやって感想を書くにしても、映画終盤に近い場面のことであればあるほど、現実との違いをこと細かに指摘するようなことに意味がなくなっていくという構図です。

 とは言え、東京駅周辺の高層ビル群の構造体はCFT造であって、強度もさることながら熱容量にしてもNYワールドトレードセンターの比ではないのであるから、通常の爆弾程度では倒壊に至るようなダメージを与えられないのではないか、たとえ与えたとしても倒壊のタイミングと方向までコントロールするのは不可能ではないか。というようなことを議論することも大変楽しい。なんだかんだと言っても、リアリティについて語ってしまうわけです。

 

福島原発事故へのオマージュ

concretism.hatenablog.com

以前には上のようなエントリを書いたので、またかよといわれるかもしれませんが、また書かせてください。場面としては、上の日経BPの記事でも触れられている、対ゴジラ最終兵器であるところのコンクリートポンプ車が登場するところについて。

コンクリートポンプ車を使用すること自体は、福島第一原発で使われたことに対するオマージュでもあるのでしょうから、異議はありません。

福島第1原発では、当初ヘリコプターからの放水を行っていたと記憶しておりますが、途中からコンクリートポンプ車が使われました。瓦礫の転がる中を走らなければならないことや、ブーム展開のスピードを考えれば、はしご車のような消防自動車を組み合わせたほうが良いのでしょうが、建屋をかわして、真上から水を原子炉に送りたいという要請と、圧送量の問題からコンクリートポンプ車 が使われたのだと推察します。

 

消防車を使ったほうが良かったのではないか

ゴジラは、顔を横に向けて倒れるようにする作戦でしたから、今回こそは消防車を使って放水したほうがよかったようにも見えます。しかし、消防車が使われなかった理由は、血液凝固剤の性状にあったのではないかと思っています。化学のことはよくわからないのですが、劇中非常に複雑な解析作業を経て作った薬剤です。分子構造は複雑かつ膨大なものになったでしょうから、液体としてサラッとしたものにすることは不可能であり、かなりドロドロした、それこそコンクリートに近いようなものになってしまったのではないかと推察します。安田さんの提案があまりにもあっさりしてはいますが、放水して遠くまで飛ばせるような物性の液ではないとすれば、ブームを使って口の中まで運ばなければならないと考えたのはおかしくありません。

 

ゴジラと戦ったのはニッポンだったか

一方で、問題というわけではないのですが、わたしが気になる点は、コンクリートポンプ車を使うこと自体ではなく、使われた機種。さらに言えばその製造会社です。上の記事で明らかにされていますが、登場するコンクリートポンプ車のモデルは、プツマイスター製であり、プツマイスターはドイツの会社です。

 この映画のキャッチコピーは、「ニッポンVSゴジラ」なのに。

もちろん、一般の方々にプツマイスターがドイツの会社であることはそれほど知られた事実ではないでしょうから、制作陣からすれば日本製ということにしてしまえということだったのかもしれません。実際、ベースとなるトラックを製造した、誰もがドイツを想像するあの自動車メーカーのエンブレムを、わざわざ出渕裕デザインによるものによって覆い隠しているわけですから。

わたしが国産にこだわるのは、単に映画のコンセプトに反するからというだけではありません。福島第一原発のように、車両に何の改造も行わずにそのまま現場に投入する場面であれば、日常のメンテナンスを行える環境さえあれば、その車両が日本製であろうがドイツ製であろうが、気にする必要はないでしょう。しかし、映画に登場したコンクリートポンプ車のブーム展開のスピードは一般に使われているものとは違って非常に速い。単に道公法上の安全装置を取り外したという以上の改造がなされていることがわかります。このような改造を行うためには、部品供給の面でも、技術者確保の面でも、ドイツ製の機械を使うことにはデメリットが大きい。

さらには、先の東日本大震災では、いわゆる外資、日本国外に本社機能を置く企業の多くが、東日本から従業員を避難させました。映画のように、ゴジラが東京に出現し、かつ放射性物質を撒き散らしているとなれば、あのときと同じように外資系の企業は従業員避難を選択するでしょう。会社が従業員を守るというその姿勢は、正しい。非常に正しいと思います。

しかし、そのような過去を踏まえると、東京に核ミサイルが打ち込むことが既定路線となったあの場面で、その状況に立ち向かう人というのは非常に限られてくるわけで、誰が残って戦い、誰が避難したのかは、戦っているニッポンとは何なのかという点にも関わるわけですから、慎重に描いて欲しかったなあと思うわけです。

もし、取材に協力した人たちが、国産のポンプについて、プツマイスターよりはるかに劣ると言ったのであれば、それは非常に残念なことだと思います。確かに、カタログ上の数値はプツマイスターのほうが上だし、ブームも短いですが、最近は非常に性能と信頼性の高いポンプが開発されてきていると、わたしは思っています。例えば極東開発工業に、消防車製造のモリタの技術力を組み合わせるといった、日本の技術力の集大成で乗り越える描写があれば、もっと燃えられたのに!と思うのはわたしだけでしょうか。

 

おわりに

 本当は、常盤橋だけが建っている世界線についてとか、「日本はスクラップ・アンド・ビルドでのし上がってきた」という赤坂のセリフの意味とか、放射線半減期を激減させるゴジラ腐海との関係と映画で描かれたあとの世界にもたらす影響とか、いろいろ書きたかったのですが、ここまでで長くなりすぎたので、一旦筆を置きます。

ごきげんよう。