日本企業のガラパゴスっぷりを例示するのに高強度コンクリート技術はふさわしくない

今朝見かけた以下の記事に関して。

「日本企業がグローバル化できない本当の理由って何ですか?」:日経ビジネスオンライン

「私がよく使う例」として挙げられるものが、どうしてここまで事実と相違しているのか。たまたま話の枕に挙げた、高強度コンクリートという世間一般にはあまり馴染みのない技術を、たまたまタチの悪い件の黄色いコアラが目にしてしまった運のなさを、上記記事の筆者には嘆いてもらう他ない。

まず、

日本のゼネコンは、超高層建築向けに耐震性の高い高強度コンクリートを競って開発してきました。

という入りからして、高強度コンクリートを語る常套句から、大いに外れている。適当にググって出てくる各ゼネコンの高強度コンクリートの開発についての報告を見れば、「NewRC総プロ」という言葉が必ずと言っていいほどに文頭に現れているのがわかると思うのだが、これは当時の建設省主導で推進された、国家プロジェクトなのである。

各ゼネコンが、高強度コンクリートの開発において、「NewRC総プロ」をその起点と見ていることの証左として、以下の2点。
設計基準強度 150N/mm 2の 低収縮型超高強度コンクリート ... - 大成建設(PDF注意)
Fc150 N/mm2 超高強度コンクリートの開発 Development of ... - 西松建設(PDF注意)
NewRCについては、以下のページから報告書の執筆陣の所属を確認していただきたい。
建築研究報告/独立行政法人 建築研究所 -- Building Research Institute --


もちろん、現在は各ゼネコンの技術競争により、より高い強度のコンクリートの開発が進められているのであるけれど、国家プロジェクトによって口火を切られた技術が市場に受け入れられ、その需要を確認して始まった、高強度コンクリートの技術開発といういささか稀有な事例を、わざわざ「日本企業」について語ろうという記事における例として引くことの不自然さは感じてもらえるものと思う。

また、

国内では1990年代初頭にバブルがはじけて、それ以降は景気が悪化し、高層建築が建設されない時期が続きました。

については、新宿パークタワー東京オペラシティタワー新宿アイランドタワーあたりの竣工年を調べていただけばわかることなので詳しくは述べないが、現在から見ると、バブルの崩壊直後の建設業界というのは、バブル期が異常であったがために低迷したかのように思われるが、非常に活発だったと評価せざるを得ないものであり、結局のところ高層建築の建設は、バブルの崩壊と関係なく連綿と続いてきていることは明らかである。

次に、

海外では中国の上海やアラブ首長国連邦(UAE)のドバイなどで、超高層ビルがどんどん建設された。これらの建設工事は、高強度コンクリートを適用する格好の対象でしたが、実際には全く採用されませんでした。

であるが、以下の文献において、「Dubaiで使用されるコンクリートの強度はC60~80(設計基準強度60~80N/mm2)クラスを主流としている」とあるように、「全く採用されませんでした」というような記述は事実に反している。
Dubai における C100 コンクリートの適用性試験 - 大成建設(PDF注意)

さらに(だんだんめんどくさくなってきた)、

高強度コンクリートが所定の品質を発揮するためには、厳選された材料を絶妙な配合で混ぜるなど、精緻な施工管理が必要だったことが一因です。

とあるが、高強度コンクリートを実現しているのは、少なくとも日本においては、材料の配合比率の厳密さなどでは決してない。高強度コンクリートを製造する機械は、普通強度のコンクリートを製造するものと同じであり、同じ計量器を用いる以上、同じ程度の(JIS A5308にて規定されている程度の)計量誤差の発生は覚悟しなければならない。もちろん、100N/mm2級を超えるコンクリートの製造に際しては、骨材の厳選とか、シリカフュームなどのマイクロフィラーの選定というプロセスは入ってくるものの、それ以下の一般的な(というのも変だけれど)高強度コンクリートについては、普通コンクリートと同じ材料を用いて製造されることがほとんどである。

では、何が高強度コンクリートの実現をもたらしたかと言えば、これに関しては化学混和剤、特に高性能AE減水剤の製造技術の発達に触れないわけにはいかない。コンクリートの強度を上げるためには、水とセメントの比率を変える、つまり水を少なくして、セメントを多くすることが必要なわけであるが、想像していただければわかるとおり、これではネチョネチョゴテゴテのコンクリートになってしまい、実用は不可能である。そこで、水セメント比を小さくしても流動性を確保できる、高性能AE減水剤が必要になってくるのである。

ここで注目すべきは、フローリック、竹本油脂、花王といった高性能AE減水剤を開発・製造している国内メーカーと並んで、BASFやSikaといった、紛うことなきグローバル企業が名を連ねてくるところである。もちろん、高強度コンクリートの開発には、日本の大学、研究機関、ゼネコンの努力があったことは間違いない事実であるが、そういったノウハウについては、グローバルな化学企業の吸い上げが既に完了しているわけであり、もし、仮に、全世界的に高強度コンクリートの普及が不十分であるのだとすれば、こうしたグローバル企業の営業展開の不足をも指摘しなければならなくなってしまい、記事の主題と大きく離れてしまうことになるのである。

そもそも、日本のゼネコンの海外進出はすでに何十年の歴史を持っており、海外における売上げの割合は決して低くない。ゼネコンの組織のあり方が日本企業の典型であるのは、このブログでも何度も言及しているところであるが、だから海外では機能しないというのは単なるステレオタイプに過ぎないと考える。


すなわち、冒頭に挙げた記事において挙げられた「例」というのは、まったく現実的な知識や経験に基づいていない、ただのイメージなのである。そうしてみると、それ以下に語られる考察、結論といったものが、いったい何を根拠にしているのか、疑念を抱かざるを得ない。もちろん、個々の事象にまで目を配り、正確に捉えるのは大変な作業なのだということはわかる。しかし、その積み上げによってしか社会全体を眺めることはできないのだろうし、ましてや「よく使う例」とまでするには、しっかりとした取材が必要なのではないだろうか。