社会保険制度にみる建設業の産業構造の方向性について(仮)

2020年オリンピックの東京開催決定を機に、ここ久しくないほどに建設業が脚光を浴びてる感じがするので、またブログを更新しちゃいます。

前回の記事でも書きましたが、建設業の労働者不足というのは、一部の人々の多少の誤解こそあれ、多くの人々の共通認識になってきたようで、ずいぶん前からブツブツつぶやいてきた者としては、少し安心いたします。

今回は、この問題に対する国の対応について考えてみたいと思っているのですが、最近出た国土交通省のガイドラインがこちら。
建設産業・不動産業:社会保険の加入に関する下請指導ガイドライン - 国土交通省

「若年入職者減少の一因」という言葉があるように、国も、建設業の労働者が不足しており、その原因のひとつが若者の入職者減少であると捉えていることがわかります。原因がわかっているのであれば、対策をとればよいのですが、そこで出てきているのが、「社会保険の加入に関する下請指導」という、なんともしっくりこないものなのです。

いや、建設業の下請企業が社会保険に加入することの必要性を否定しているわけでは決してありません。建設業に従事する全ての人が、当然の権利として社会保険による保障を受けられるようにするということは、必要かつ重要なことであり、これを進めなければならないことに微塵も異論はございません。

しかしながら、この通知文にある社会保険の定義、「厚生年金保険及び雇用保険(以下「社会保険」という)」について、何か違和感はありませんでしょうか?そう、労災保険が入っていないのです。

早々に種明かしをしてしまうと、多重下請構造が一般的な建設業においては、労災保険は現場ごと、工事ごとに一つの「有期事業」と見られ、元請が下請の分までまとめて労災保険に加入することになっています。
建設業の労災保険手続(有期事業)

なぜ、こんなことになっているのかはっきり書いてあるものを見つけることはできませんでしたが、私が推察するに、建設業には一人親方も含め、零細な業者非常に多く(ソース PDF注意)、事務的な手続きを行うに十分な能力、マンパワーを有する会社は非常に少ないことから加入漏れが頻発し、これを防ぐために採られた措置なのではないかと思うのです。

ただし、もしこの仮説が正しいのであれば、上の国交省の通知と大きな齟齬を生じることになりはしないでしょうか。もともと、労災保険の制度では事務能力がないことを認めていたはずの零細下請企業に対して、労災保険以外の社会保険には入るよう求めているわけですから、いったいどっちやねんとツッコミたくなるところです。

そもそも、元請が労災保険に入るという制度は、「労災隠し」という問題を引き起こしています。元請が下請を守ってやる、というと聞こえはいいのですが、こういった関係は対等なビジネスパートナーとしての関係を歪めてしまい、労災、労働災害が起こった際に、下請側からすると、保険金を払ってもらっているのに労災を起こして元請に迷惑をかけるのは申し訳がない、元請側からすると、保険金を払ってやっているのに迷惑をかけるとは何事だ、と優劣関係、上下関係を助長している感が否めません。ひいては、労災を起こした下請業者に、取引停止などのペナルティなどを課す、優越的地位の濫用につながっていると考えられます。

こうしたものを解消し、下請企業のひとり立ちを支援するために、労災保険を含む社会保険に個々の下請企業がしっかりと加入せよ、というのであれば、スジは通っていると思います。建設業に入ることを考えた若者が、ブラック企業ではないちゃんとした会社に入れるよう、器を用意していこうというのは、人手不足対策の一つとして成立すると思います。

これとは逆に、現在の労災保険の考え方を尊重する道も、ないではありません。建設業が雇用の受け皿として効率的に機能するよう、参入障壁をできる限り下げ、個人に毛の生えた程度の若者の集まりのようなものを建設会社として認め、面倒な手続きはどうでもいいからとにかく現場に入ってくれ、と。オリンピックをはじめ、震災復興、老朽化したインフラ対策など、今後ますます人手不足が深刻化する建設業においては、こちらのほうがよいと考える人が多くいても不思議ではありません。それであれば、労災保険を含む社会保険は一本化して、現在の労災保険と同じように、工事ごとに元請に払わせるという方向に舵を切るべきでしょう。

ただ、これについては、ひとつ前のエントリを見ていただければわかる通り、私としては否定的です。建設業の仕事は、たとえ小さな会社にお願いする仕事であっても、技術の高度化、専門化が進んでおり、昔のように不良少年のグループがいきなり屋号を構えて下請けに入るというようなことが可能な現場はほとんどないと思います。したがって、今は小さい会社であっても、しっかりとした社会保障と、技術をもった会社が淘汰、合併を繰り返し、若者が安心して入社できる会社に育っていくことこそが目指す方向であり、普通の会社がそうしているように、労災保険も含めた社会保険を支払い、自立することが望ましいと、私個人としては思っています。

いずれの方向にせよ、現在のように、労災保険は元請が、その他の社会保険は下請が払うという制度は、効率の面から見ても何一つよいことはないと思いますので、建設業の産業構造の行く末を見据えたうえで、しっかりとした方向性を打ち出してほしいと思う次第でございます。