2020東京オリンピック開催決定に寄せて

せっかくなので、今日現在思っていることを書きつけておこうと思う。

2020年オリンピックの東京開催が決まったことで、twitterなどではゼネコンは手放しで大喜びだろうというコメントも散見されたが、会社の偉い人がどう思っているかは別にして、ゼネコンのいち社員である私としては特に大きな喜びはない。むしろ不安、とまではいかなくても、困惑しているといったところが、正直な気持ちだ。

ぼくが一日も早い被災地の復興をお祈りしない理由 - concretism

その理由としては、上のエントリですでに書いているように、震災以来の労務者・技術者の不足という問題が、ひとつ大きなものとしてある。この状況下で新たに大量の建設工事が降って湧くということは、震災復興を含む重要な工事のいくつかを、後回しにせざるをえないということが、すっきりしない気持ちの背景にある。

震災復興については、20年とか50年とか、目標をもっと先に延ばして、技術者、労務者の育成を視野に入れてじっくりと取り組んでいこうという提言もできたわけだが、ことオリンピックに関しては7年後というタイムリミットが明確に定められているわけであり、現実的に現有の技術保有者がことに当たらなければなくなるわけであり、ある程度の技術は有すると自覚すれど一度体を壊して無理のきかぬ己の身からすると、憂鬱にもなろうというものである。

望むらくはオリンピック終了後に、この7年間に後回しにされてしまった工事が適切にストックされ、それが明示されることで、これを当て込んだ若い力が建設業に流れ込むこと。そして7年間の工事を通して、世代間の技術の継承が進むことである。自分で書いていても、そのストーリーに乗ることは非常に難しいと考えざるを得ないが、部分的ではあってもそういう場面が少しでも多く見られればと思う。


今回のオリンピックは、56年前の前回東京オリンピックの際に作られた都市をもう一度使い直すという側面が強い。これは、新興国のオリンピックのようにまっさらな土地に都市を作りだすこととも違うし、次のロンドンのように何世紀もかけて作られた都市を使うのともまた違う。

東京は、江戸時代の度重なる大火は言うに及ばず、近代に入ってからも関東大震災東京大空襲というリセットを何度も繰り返した。はじめて、全ての人ではないにせよ、多くの人が恒久的に使える都市と考え、作られたのが1964年の東京であり、その骨格はほとんどそのまままに、一部について、それが恒久的ではないということがわかった、現在はそういう時期だと私は考えている。

既存の都市をそのまま使っても、問題ないと言いきってしまうのは一つの手段だとは思う。しかし、7年という月日を考えたときに、本当にこのままでオリンピックに耐えうるのか?と社会に問うような事故が起こる可能性はかなり高い。いや、これは私の個人的な見立てにすぎないが。それは記憶に新しい笹子トンネルの事故ほどのものではないかもしれない。しかし、それが仮にオリンピック開催決定後の東京で起れば、負の印象をぬぐい去っている時間は最大7年間、ほぼ残されていないと言っていいだろう。

そういう事態を未然に防ごうと思えば、この東京と言う既存の都市を礎として、オリンピックの開催に耐える、という最低限を要求事項とする、都市の性能設計をやりなおさねばならぬ。しかし、既存の都市の上に塗り重ねる都市設計は、既存の都市に関する膨大なデータをもとになされる必要があり、机上の設計でカバーできる部分の大きい、新たな都市の建設よりもむしろ高い技術が要求される。

原設計内容を把握し、当時の規格・基準を調査し、現状の構造物の状態、劣化の程度を診断する必要がある。そのうえで、現在の安全基準と照らして不足のあるものは補修・補強を施し、満足するものはそのままにおき、次の点検日を定めておく。そうしたことがきちんと行われているものが、この東京を支える構造物のどれだけあろうか。そして、今後そういったことに割ける人員はどれほどいるのだろうか。新規に作られる会場をはじめ、およそ現在ある都内の建設計画の目標完成年が、すべて2020年に前倒しされる中で。

とりあえず、上に書いたようなことは一顧だにされることなく、2020年のオリンピック開催という明るい話題に向かって明日から仕事をすることになるんだろう。別に呪っているわけではない。自分でも杞憂に過ぎないと思っている部分も大きいし、杞憂になって欲しいと思っている。しかし、できれば、私と心配事を共有して、2020年に向かってくれる人が一人でも多くいたらいいな、なんて思う。