なるほどジョン・ジャーディか

なにがなるほどやねん、やけど。

刑務所と城郭都市とショッピングモールの空間構成 - 最終防衛ライン2

この、おつかれさまですとしか言いようのない、大変な労作を読んで思った。「新新建築臨時増刊 建築21世紀」みたいなものが出版されるとしたら、第1ページ目には、ジョン・ジャーディの名前がきてもおかしくないんじゃないかと。ちょっと言い過ぎな気もするけど。

しかし、20世紀のおわりにジャーディが来日して、六本木ヒルズとかの設計に関わって、その実施設計に携わったゼネコンの意匠設計部がノウハウを吸収して、イオンをはじめとするショッピングセンター、ショッピングモール、果てはあらゆる建築物を取り巻く環境設計に応用していった、というすげぇいいかげんかつ大雑把なストーリーが、ゼロ年代、ひょっとすると10年代の日本の建築のかなりの部分を説明しちゃったりするんじゃないか、という予感みたいなものが、それなりに自分の中で説得力持っちゃってるのよね。

そこにくるべきものが、ジョン・ジャーディという個人なのか、The Jerde Partnership という設計事務所なのか、あるいはジャーディ的な何かなのかはよくわからないけれど、後から見たら「あれが黒船だったんだね。リア・ディゾンじゃなくて」という評価になっていそうな予感が。

いや、ジャーディって全く評価されてないわけじゃないし、それなりに賞とかもいっぱいもらってるんだろうけど、たとえばザハ・ハディドと並んでたら、ちょっと違和感あると思うのよね。以下の記事は、そんな感じがよく表れている。

ジャン・ヌーヴェル《電通本社ビル》/ジョン・ジャーディ《汐留アネックスビル「カレッタ汐留」》:artscapeレビュー|美術館・アート情報 artscape

ジャーディの業績がどう説明されるのか、「建築じゃなくて建築と建築の間の空間を設計し、図と地の関係を・・・」みたいな話って、きっとジョン・ジャーディが日本に来る前からずっと言われていることだし、理論的にこうだ!みたいなのは言いにくいんだろうけど、谷亮子先生の名言であるところの「歴史は勝者の記録」であるとすると、その影響力という観点から、どっかでドカンと評価が上がっちゃうんだろうと思うんですよ。

まあ、何を言うとるんやという話ですけれど、ちょっとしばらくは、そういう目で建築を見ていったらおもしろいんじゃないかなあという、そういう個人的なメモです。