読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ぼくが一日も早い被災地の復興をお祈りしない理由

タイトルは釣り気味です。

建設業の現場で人手不足が深刻化しており、労務単価が上昇しつづけておりますが、これを受けて政府が建設業界に通知を出して何やら要請するようだというニュースを目に致しました。
表示できません - Yahoo!ニュース

通知を出す相手である建設業界団体というのはおそらく日建連のことだと思うのですが、労務単価の急騰によって一番困っているのはその加盟各社、いわゆるゼネコンであり、そのひどい有様はたとえば戸田建設の悲壮な適時開示情報などを眺めてみるとひしひしと伝わってくるところであり、困っているところに要請などしても「へんじがない。ただのしかばねのようだ」状態となることは目に見えるわけであります。
1860 戸田建設(株) (戸田建) :日経会社情報:マーケット :日本経済新聞

冒頭の記事では、ゼネコンがピンハネして職人には全くお金が回っていないかのような印象を与えますが、一部報道では「型枠工が東京で1日あたり1万7千~1万8千円と11年初めに比べ約4割高い」といったものもあり、上の日経のページからたどれる会員限定記事にソースがありますので、是非とも捨てアドで会員登録して無料で確認していただきたいところであります。

つまるところ、政府はひとつ、大きな見落としをしているのです。それは、「職人」と呼べる高い技能をもつ人材を育てるには、長い時間が必要だということです。

建設現場で働く職人の仕事は、昔のように賃金を上げれば新たな人材が流入するような、敷居の低いものではもはやなくなってしまっています。長い建設業縮小の時代の中で、単純な作業はどんどん機械に取って代わられ、現場には高い技能が求められる仕事だけが残りました。

今の職人たちが育った頃のように、単純な作業をこなしながらベテラン職人の仕事を見て技能を習得していくというような教育プロセスを取ることはできないので、見習い職人はあくまでも見習いとして、戦力外と考えなければならなくなってしまっています。こうした中では、一度にたくさんの新人が入ってきてもそれを養い、育てるだけの余力はありません。ひとりの職人が一人前になったら、またひとり、というような形で、ゆっくりと時間をかけて職人を増やしていくということが必要になるわけです。

翻って昨今の状況を見るに、ひとつには震災復興需要、もうひとつには、アベノミクス。これまで斜陽産業と言われ、縮小に向けての戦略のみが求められた建設業に、今一度急拡大が求められるような事態になっています。しかし、急に求められても、長い不況に対応できるよう徐々に変化を続けてきた建設業が応えられるわけはありません。現状では、職人を育てるにもやはり長い時間をかけていかなければならないのです。

政府はこれまで、「被災地の復興を一日も早く成し遂げる」という言葉を多用してきましたが、これは、これから職人になろうという人から見れば「一日も早く職人の仕事がなくなるようにする」と言っているも同じことです。このメッセージを受けて職人になろうという意志を持つ人は、多くはないでしょう。

彼らと建設業に必要なのは、「復興への道は長いかもしれないが、できることを地道に続けていこう」というような、継続を示す言葉であるはずであり、非常に好調な出だしを見せたアベノミクスも、今後はその継続性が強調されるようになって欲しいと期待しています。

被災された方の生活環境の改善を遅らせてもいいと言っているわけではありません。復興を成し遂げた東北の姿をまず思い描き、それに向かって優先順位をつけて取り組むことが重要であり、被災された方の生活を取り戻すことがその優先順位の高い位置にくることは言うまでもありません。

震災復興補助金を目当てに各自治体がこぞって公共事業を発注するというようなことは、労務費の無駄な高騰をあおるだけで何の成果もありません。新たな職人が育たない中でそんなことをしても、結局のところ民間工事から人を引き抜いてくるだけで、民間企業の設備投資を遅らせ、経済を悪化させるだけです。

いくら、一日も早い被災地の復興をお祈りしても、お祈りだけでは復興は実現しないのです。