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日本人はプロセスに対してお金を払うのが苦手だ

これを読みました。

無報酬デザイナーでも当然という世の中らしいですね - だましたつもりでだまされた

この件に関するやりとりを見ててつくづく思うけど、日本人はプロセスに対してお金を払うのが極めてヘタだよね。そのせいでデザインを職業にしている人はかなり損をしていると思う。

世の中にはデザインそのものが商品である、という場合もあるのかもしれないけれど、一般的にはプロダクトに至るプロセスと言っていいんじゃないかと思う。デザインされたものを元に、製品にして、お客様は完成された製品を手に取る。製品の企画や製造についての知識があまりない人にとって、完成した製品が自分の欲していたものと一致するかを確認してから手に入られるというのは非常に良いことなのはわかる。

だけど、製品に至るまでのプロセスを認識しなくて済むせいで、ともすればプロセスの軽視にもつながってしまうんじゃないかという心配もある。「ドリルを買おうとしている人は、ドリルが欲しいのではなく、穴を開けたいのだ」ってよく言うけれど、これをドヤ顔で言った人の気持ちの中に、ドリルを作っている人を軽んずるものが全く含まれていないものだろうか。

ドリルの話もそうだけど、よく「成果主義の導入」なんて言って、これまで日本では成果をあまり重視してなかったような勘違いがあるけど、それは違うと思うのよ。僕が属している建設業という業界は、ほとんどが請負契約によって成り立っているんだけど、請負契約って、成果主義でしょ。

民法第632条
請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

日本人は、プロセスを細切れにして、そのひとつひとつにお金を払うことが苦手だから、避けようとする。避けようとしてどうするかというと、一つの方法としては、請負契約にしてしまう。日本人が大好きな「食べ放題」だって、おなかがいっぱいになるという成果を目的とした請負契約みたいなもんじゃない。

もう一つが、日本型雇用の特徴と言われるメンバーシップ。成果なんかどうでもいいから、いるだけでお金やるから、それが多かろうが少なかろうが文句言うな、と。請負契約とは真逆の方向性だけど、これはこれで、プロセスにお金を払うことを避ける方法ではある。


実のところ、プロセスごとに評価をするのはめんどくさい。一昨日書いたこれみたいに。
ひとつしかないものを売り買いすることについて - concretism

プロセスごとにお金を払うのか、成果物に一括でお金を払うのか、はたまた仕事する時間とかを決めて、いるだけでお金を払う方式にするのかは、発注する人が、発注するものによって、どれが得かを考えなくちゃならない。だけど、日本ではプロセスごとに対価を設定するという作業のコストを高く見積もりすぎる人が多いように感じる。

ちゃんと相見積りとって相手と交渉する。こういうのを省略できる世界では、もうなくなってしまったんじゃないかな。