「イヤやったら辞めたらええねん」は、終わりの言葉である

これを読んだ。
Re:脱社蓄ブログを読んで感じる違和感 - 脱社畜ブログ

「脱社畜ブログ」は、はてブホッテントリでよく見かけるので、全部のエントリを追いかけてはいないものの、いくつかのエントリを読み、ブックマークなどもしている。リンク先の文章は、「日本にはそもそも職業選択の自由がある。賃金の代わりにやりがいが与えられるような職場が嫌なら、辞めればいい」という主張への反論だそうだが、なんか引っかかったのでTwilog検索したら、俺こんなブコメしてた。古いブコメを直接貼る方法がよくわからないので、twitter記法で。

ついでに私は当時、これにこんな言葉を付け加えている。

なんで関西弁やねん。

それはともかく、私は、世の中でブラック企業と呼ばれているものには2種類あると思っている。

一つは、労働条件そのものが、労働基準法などで定める最低基準を下回っているもの。直接的ブラック企業と呼ぼう。

もう一つは、会社と労働者の間の交渉をまともに行わず、会社が一方的に、労働者に不利な労働条件を押し付けているものだ。こちらは間接的ブラック企業と呼ぼう。

直接的ブラック企業は誰の目にも明らかな法違反だが、実のところ、間接的ブラック企業もまた法違反である。ここでは詳しく述べないが、「不誠実団交」とか「不当労働行為」とかでググれば出てくる。法律上、会社は労働者と誠実に交渉する義務があるのだ。

交渉の場において、「イヤやったら辞めたらええねん」は終わりの言葉である。現在の労働環境について、会社と労働者側とが共通した認識を持つことを諦めたということを、会社側の言葉で表したものがこれであり、同じことを労働者側の言葉で言うと、「ストすんぞ」になる。

お前はうちの会社の労働環境に文句があるようだな。しかし、これがこの職業の「相場」なのだ。もし、うちの会社の労働環境が同業他社と比べて極端に悪いのであれば、入社を希望する者などおらず、いたとしても同業他社よりも著しく能力の劣った人材であろうから、結果として当社の競争力は著しく低下しているはずだ。しかし、現実にはそうなっていないではないか。もし、もっと労働環境の良い同業他社があるのだとすれば、そちらに行けばいいだろう。

丁寧に言えばこういうことだろうが、実際に会社を辞めてそちらに行けという意味以上に、交渉決裂の宣言としての機能に注目しなくてはならない。ここから生まれるものは何もない、まさに「誰得」である。それを知っているから、会社と労働者は、どちらとも終わりの言葉を吐かなくても済むよう、粘り強く交渉を続けるのだ。

労働者が会社に向かってむちゃな要求をゴリ押しすれば、いずれ「イヤやったら辞めたらええねん」の言葉が飛んでくる。これが飛んでこないよう、共通の認識を探り、譲るべきところは譲る、という歩み寄りの精神が、労働条件を決めるためには必要なのである。