近代建築と工業化、大量生産の関係について

建築という分野に特に関心のない人は、近代建築という言葉を聞いて、どういうものを思い浮かべるんだろう。

近代という時代に生まれた建築であるというところまでは、誰でも考えの及ぶところであろう。しかし、建築を学んだ人の多くが考えるように、モダニズムという芸術運動と結びつける人はほとんどいないだろう。むしろ、建築というのは工業の一分野であるはずだから、一般的に近代という時代を特徴づける重要な要素である産業革命、そしてそれがもたらした工業化、大量生産システムと結びつけて考える人が多いのではないだろうか。

しかし、実のところ、建築の生産が工業化、大量生産から得た恩恵というのは、他のあらゆる工業分野と比較して小さいと言ってよい。もちろん、建設機械や電力、設備機器、加工前の材料などなどなど、工業製品は建築にたくさん使われているわけであり、工業化の恩恵を全く受けていないということではない。そうではなく、最終的な建築という目的物に占める、大量生産品の割合、工業化の寄与度という観点からの話である。

大きな特徴として、建築に使う材料、部材、部品の多くは、受注生産であり、見込み生産ではない。私たちがスーパーやホームセンターで買い求める商品のように、見込みによる生産計画に基づいて製造され、市場価格で取引されるものではないのであり、いわゆる「大量生産品」とは様相を異にするのである。その理由は簡単である。建物一棟分の製品をストックしておくためには、建物一棟分よりも広い土地が必要であり、在庫リスクは他の多くの産業と比較して、莫大なものとなるからだ。莫大なリスクとの釣り合いにおいて、近代を通り越し、現代になっても建築は、受注生産品を手作業でアッセンブルするという生産方法が大部分を占めているのである。

モダニズムという思想が、工業化、大量生産への移行を社会背景の一部として生まれてきたものであることは間違いない。モダニズムの普及の過程において、工業化、大量生産への直接的な対応を目指した動きもいくつか見られたし、日本におけるメタボリズムの中で、たとえば黒川紀章中銀カプセルタワーで集合住宅の一室をユニット化したことも、その一例としてあげることができるだろう。

しかし、結局のところ、こうした取り組みは一部を除いて*1実を結ぶことはなかったため、モダニズムの脱様式、脱地域文化といった多くの成果は、その思想に冠せられた「モダニズム」という名称から瞬時に連想されるものから、やや離れた内容になっているのである。

繰り返すが、建築が工業化、大量生産システムの影響を受けなかったということではない。ただ、その変化は、世の中の近代化と同時に起こり、終了したものではなく、一世紀以上の時を隔てた現代でも、工業化、大量生産システムの恩恵を少しでも多く受けるべく、模索を続けているのである。

*1:たとえばセキスイハイムのユニット工法の事業化などは稀有な例として挙げることができるだろう。