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経済学者が忘れてしまったものについて

雑感

なにも宇宙や無限にまで飛んで行かんでもええんちゃう?
404 Blog Not Found:人文科学者がダメな理由がわかる - 書評 - 日本を変える「知」
経済学者と呼ばれている人々が忘れていることはひとつだけ。マネーが誰かから誰かに渡されるときには、それとは反対方向に「くれるモノ」や「してくれるコト」が受け渡される。これが原則だということだ。

「くれるモノ」も「してくれるコト」もないのに、ホイホイお金を渡してしまうなんてことは、私たちが普通に生活する上では、そうそうない。例外だ。税とか保険料とか利息とか、投資も入れていいだろう。経済学者は、まいにち例外の話ばかりしているうちに、何が原則だったのか忘れてしまった。経済"学者"ではないものの、破綻寸前の投資銀行の連中が巨額のボーナスをねだったなんて話は、その象徴だろう。

モデル化するために、「くれるモノ」や「してくれるコト」を無視して、というかとりあえず横に置いといて、マネーの流れだけを追うこと自体は悪くない。*1ただ、モデル化するときには、無視をしたものが分析の結果に影響を与えていないか確かめる必要がある。そのプロセスを忘れるなんてことは確かに自然科学では考えられないことだろうけど、社会科学、人文学にだって許されているわけじゃないだろう。でも、世の中にはそのプロセスなしでも話を聞いてくれる人がたくさんいるわけであり、彼ら経済学者が相手にしているのは、基本的にそういう人たちなんだ。

前回のエントリで、建築施工は経済学の領域に踏み込むから建築学では扱わないという話をしたが、かといって経済学者が建築施工に取り組んでいるわけではない。彼らにとって、「くれるモノ」や「してくれるコト」とマネーの関係などは、とうの昔にわかっていることであり、今さら取り組む価値など全くないものであるからだ。しかし、わかっているはずのその関係に対する認識の甘さが、分析の対象を社会全体まで広げたときに、ひどい歪みとなって現れているように思う。*2

【答2】飯田さんから、本田さんへの返答
不断で無限の経済成長は可能であり、それ以前に不可避だと考えています。

そういうことなんだろう。

*1:モデル化することで単純化するはずが、財とサービスの代わりに時間軸を入れることによって、結局は複雑になっちゃっているけど。

*2:ん?池田信夫はもういいって。