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建築学が施工を研究対象として扱わない理由

建築

よくわかる (かもしれない) 建築学 (追記あり) - y4su0の日記 - そんな博士の一日
こちらの追記、コメント欄でのやりとりが特に目に付いたので、少し考えてみました。

大学という機関の役割には、研究と教育の二面があり、y4su0氏が追記前の本文で説明したのは、主に研究についてであると理解しています。これに対し、ブコメやコメ欄で湧いた「建築施工ってのは大学ではやらないの?」という質問は、教育に対して向けられたものではないのかな、と。そこで、質問と回答の間に、微妙なすれ違いが見られるような気がするのです。

建築学が建築という具体的な行為、モノを対象としている以上、その作り方を教育することは必要です。しかし、大学の教育というものは、各先生が研究している分野について教えるというのが基本。y4su0氏の言うとおり、建築施工を専門として掲げている先生がほとんどいない以上、「誰が教えるのか?」という問題に突き当たらざるを得ません。私の出身大学では、ゼネコンから人を招いて教えてもらう、という形を採っていましたが、これが一番素直なのかもしれないな、と今は思っています。*1

では、どうして建築施工は、研究対象として成り立たないのか。


それは、「カネ」が絡むから。


たとえば、品質管理ひとつとっても、鉄筋の配筋ミスを防ぐために、鉄筋工ひとりに現場監督一人がべったりついて監視すれば、確かに配筋ミスは減るかもしれません。しかし、それには膨大な人件費がかかり、それが原因となって他社よりも高い工事費となってしまうことは想像できると思います。

では、費用対効果を考慮してどのような管理体制をとればよいのか?それに対する答えを出すというのは、一見学問的に扱えそうな課題であるようにも思えますが、「建築学」ではない。限りある資源の効果的な分配、取り得るリスクの見積り・・・、これらはおそらく経済学の取り扱うべき問題でしょう。一生懸命論文にしても、「君は何学部で学位をとりたいのかね?」と先生に言われて終わりです。

このような、学問の構造的な問題に加え、建設会社に具体的な金額についての調査をしても、それに応じてくれないという現実的な障害もあります。学生さんに協力することで、何百億の入札に負けてしまっては我々は食べていけません。社外秘、社外秘!


ここまで「建築学ではカネに絡む話はタブーなのだ」と、さも建築学界で当たり前に言われているかのように語ってきましたが、現実はそうではありません。カネのことは一切気にしないのであれば、鉄骨の代わりにレアメタルを使って構造体を作るというような研究もあっていいと思いますが、それをする人がいないのは、建築学に実学としての要素が強いから。何といっても、土木を除く他のほとんどの工学と比べて、建築学の扱う対象であるところの建築は大きくて重い。大きくて重くないものは、建築ではないはずなので、それを対象とするのは建築学ではない。

実学でありながら、現実の建築を強力に制約しているカネについて扱えないというのは、建築学という学問がはらんでいる大きなジレンマであると思うのです。それがゆえに、学界内で「カネに絡む話はタブー」だと軽々しく口にすることもできない。リンク元の説明は、こうした現実も含め、うまく建築学というものを表現しているなぁ、と昔学生だった身として、思ったりしてみちゃったりして。

*1:ただし、時間的には圧倒的に不足していると感じましたが。