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建築基準法はトレードオフを否定しない

トレードオフを否定する人々 - 池田信夫 blog(旧館)

建築基準法は過剰規制じゃないよって話は以前にしたんだけど、全然わかってないみたいなので改めて説明します。トラバとか読まないのかね?この人は。((と思ったら、トラバ受け取られてないよ(´・ω・`)))

おそらく彼が建築基準法のことを過剰規制だと言っている根拠は、中越地震や岩手内陸地震など、最近起きた比較的大きな地震で大規模な建築物に目立った損壊がなかったことなんだろう。何故こんなに「無駄に」丈夫な建物になっているのか。経済的な、経済学的な設計ができていないでではないか。その原因は、経済活動を妨げる力、すなわち法規制にあるに違いない、というような思考ルートをたどったのではないかと、勝手に推測する。

確かに、結果から見れば日本の建物は「無駄に」丈夫につくられているわけだが、「無意味に」丈夫につくられているわけではない。それを説明するには、「仕様規定」と「性能規定」という考え方に触れておく必要があるかと思う。

その名のとおり、仕様規定というのは仕様を規定するものであり、性能規定は性能を規定するものである。例えば、「フォークは金属製の尖った部分を3本持たなければならない」という規定と、「フォークは食べ物を突き刺すことのできる形状にしなければならない」という規定では、前者のほうが仕様規定に近く、後者は性能規定に近い。仕様規定では、プラスチックのフォークや、尖った部分が4本のフォークはダメ!ということになるが、性能規定ではこれら、フォークとしての機能をちゃんと果たすことができるものはOK、ということになり、自由な設計が可能となる。

このように書くと、仕様規定は全然役に立たないように思えるかもしれないが、仮にフォークという食器を生まれてこの方見たことがないという人がこの二つの規定を見てフォークを作る場合、どちらの規定のほうが、楽に作ることができるだろうか。おそらく、性能規定を見てフォークを作ろうと思ったら、まず千枚通しのようなものを作って、それでは食べにくいということに気づいて・・・というプロセスをたどらなければ、フォークとして十分な性能をもつものにたどり着かないだろう。十分な知識と経験をもつ人にとっては仕様規定はわずらわしいものだが、そうでない人にとっては簡単に要求性能を満たすものにたどり着ける、ありがたいものとなるわけだ。

建築基準法は長らく仕様規定寄りの法律であったが、1998〜2000年の改正で性能規定化へ向けて大きく舵を切った。構造設計関連の変更はその目玉であり、それまでの許容応力度計算に加え、保有水平耐力計算、限界耐力計算が認められた。後者ほど、性能規定に近いものであると考えてもらっていい。限界耐力計算で求められる「性能」とは、おおざっぱに言って以下の2点である。

  • 建築物の耐用年限中に発生する可能性が高い外力に対し損傷しない→震度5強〜6弱
  • 建築物の耐用年限中に発生する可能性が稀にある外力に対し崩壊しない→震度6強〜7

こんだけ。

建築基準法違反を「どうでもいい違法行為」という奴は - concretismでは、この要求性能が過剰だとの主張であると捉えて、阪神淡路大震災の名を出して批判したのだが、池田氏の知識レベルはどうやら全然そんなところには達していないようだ。建築基準法が仕様規定から性能規定に移行したことは経済学上においても、法学上においても大きな事件であったと思うのだが、そんなことすら全然知識にない経済学者と弁護士が、机上で議論しているかと思うと失笑を禁じえない。池田氏には、"気象庁のデータ"を参照の上、上記の要求性能が過剰なものであるのか今一度判断していただきたい。

話を元にもどして、なぜ建築物が「無駄に」、すなわち基準法で求められる「性能」以上に丈夫なものとなっているのか、という疑問への答えが、先述のフォークの例えに含まれていることにお気づきだろうか。中越地震も岩手内陸地震も、震度6強であり、上記の「性能」に照らしても建物は倒壊してもおかしくなかった。少なくとも、損傷はするはずだった。しかし、それが目立った形で現れなかったのは、新潟や岩手で被災した建物の多くが、限界耐力計算ではなく、許容応力度計算、もしくはそれに加え保有水平耐力計算によって構造計算されていたからだ。つまり、仕様規定寄りの計算を行っていたのだ。

フォークの例をみてもわかるように、仕様規定に基づく設計をすることで、簡単に要求性能を満たすものにたどり着ける。しかし、どんな建物にも共通で使える「仕様」となっているため、時に過剰に安全側の計算をすることになる。それが嫌なら性能規定に従えということになるが、限界耐力設計は、複雑かつ膨大な計算を要する。それ相応のコンピューターと大勢の構造設計士、そして時間が必要となるが、限界耐力計算をしたところで、鉄骨・鉄筋・コンクリートがそうそう減らせるものでもない。計算にかかるコストアップと、それがもたらすコストダウンを天秤にかけてなければならない。このような二律背反の関係を、何ていうんだっけ・・・。



そう、トレードオフだった。*1



実際の建物は、ここまでに構造計算による余裕のほか、製品の品質管理上の余裕も見込んでいるため、震度6の地震が来ても、倒壊どころか損傷もしないということになる。品質管理上の余裕については、またいつか語ってみることにする*2

建築基準法は、国民の生命と財産(テポドン発射のときによく耳にしましたよね)をバチバチにトレードオフさせてできている法律である*3。これを持ち出して、「トレードオフを否定する人々」の冒頭におくなど、無知のきわみと言わざるを得ない。

わかったら、話の枕に建築の話なんて持ってこないこと。

*1:トレードオフってのはこういうときに使うものであって、需要の拡大と生産性の低下なんていう、因果関係のよくわからないものに使うもんじゃないよね。

*2:決して池田氏が以前言ったような、施工段階の手抜きを見込むような話ではない。名誉毀損もはなはだしい発言だ。

*3:[http://d.hatena.ne.jp/Gelsy/20090221/1235207393:title]内の既存不適格についての記述も参照ください