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200年住宅信者が絶対言おうとしないことを公開するよ

タイトルはホッテントリメーカー

asahi.com:官民で盛り上がっている200年住宅は実現する
http://www.asahi.com/housing/column/TKY200707200171.html

200年住宅とか抜かしてるバカたれがいることは知ってたけど、先日、福田首相の口からこの言葉が出たのを聞いてしまった。

これの主唱者は、なぜかミサワホームの会長らしい。いかにも営業屋らしい言葉であると思う。商売上のセールストークとして、200年もちますよ、というのは効き目があるのだろう。しかし、政治家がこれを後押しするというのは、あまりにも想像力に欠けると言わざるを得ない。

そもそも、200年保たせる為に、何をすればよいのか。結論から言えば、コンクリートの強度を上げるのだ。コンクリートが強くても、長い期間保つこととは関係ないんじゃないの?と思うかもしれない。うん、それは否定しないんだけれど、くどくど説明するとこういうことになる。

鉄筋コンクリート構造は、もともとアルカリ性のセメントが、長い時間のうちに中性化して強度を失うのと同時に、中の鉄筋も錆びて脆くなるという劣化プロセスを取る。

じゃあ、セメントが中性化しないようにするためにはどうすればよいのかというと、「濃い」セメントを使ってコンクリートを作ればいい。水少な目でセメント多めのこってりしたやつを。

直感的にわかると思うけど、「濃い」セメントを入れて練ったコンクリートは、固まるとカチンコチンになる。まあ、コンクリートはだいたいカチンコチンなわけだけど、それでもドリルなんかを入れれば割れるわけだ。日本ブレイク工業なんかは、こういうのをブレイクしている会社なわけだけれど、あんまり硬ければ割るのも砕くのも大変だ。「ダイアモンドカッター」なんかを使えば、刃がみるみるうちにすり減ってしまう。あれ、ダイアモンドを自称するだけあって、高いんだ。

もともと長持ちする住宅を作ろうとしていたのに、強くて硬いものができてしまう。現在超高層マンションなんかで使われているコンクリートの強度が80とか120とかなのに対して、この200年住宅を提唱している連中は、1000の強度のコンクリートを使うんだと言っている。

ちなみに、80や120だって、そんじょそこらで使われているものではない。普通のコンクリートは36以下ということになっている。80や120でも、壊すとなるとコスト的に現実的でない。壊そうと思っても壊れないのだ。200年経ったら、ちょっとは中性化して柔らかくなるんだろうか?

そもそも、これまでの建築は200年保たなかったのかというと、そういうわけではない。法隆寺なんか、築何年だ?確かに、木造住宅(イメージとしては「民家」だが)で200年経過しているものは非常に少ないが、その理由は、朽ち果てたから、あるいは地震で倒壊したからだろうか?

ここは、「想像力」の問題。なぜ、築200年の住宅は残っていないのか。ここでとくとくと語らなくても、ストーリーはいくらでもできあがる。築200年って大塩平八郎の乱とか、その辺に建てられたもんですぜ?時代は大きく変化してるのに、ドリルをガキーンと弾くような、超強度の家がいつまでも残ってたら迷惑だろう。

「技術的に」1000N/mm2クラスのコンクリートが製造可能になったから、それを無理矢理にでも使おうというのは、技術屋の発想じゃない。実際、設計のニーズに合わせて80、100、120、150と徐々に強度を増してきているのが現状なのだ。

真に技術的であろうと思ったら、現状のままで確実に使用できる年月を割り出し、そこまでに必要な強度、品質を確保した上で、教養年数が経過したら、効率的に解体、リサイクルできるように予め設計しておくべきだろう。未来にわたって完全にコントロールする。それこそが技術的ソリューションというものだ。

所詮、200年住宅などというものは、技術を装ったキャッチコピーにすぎない。ミサワホームのようなメーカーが、マイナスイオンのように、消費者をたばかってやろうとするのはいいだろう。消費者は、知識を得ることで防御できる。

しかし、政府がその片棒を担ぐとなると話は変わってくる。マイナスイオンのように、科学的知識が特に必要なわけではないのだ。必要なのは、常識と想像力、おそらく政治家に必須と言えるスキルではないだろうか。