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テレビと建設業

現在の建設業が置かれている状況は、テレビとよく似ているのではないだろうか。

前回の話のように、ネットで建設業界についての議論が盛り上がることは滅多にないことだが、テレビについての議論は、ほぼ毎日といってよいくらいに繰り広げられている。

議論の内容はともかく、その発端となるところは
「最近のテレビはつまらくなった」
というところにあると言っていいと思う。

思うに、最近の建設業はつまらなくなったのだ。

もちろん、建設業というのは、テレビのようにみていて楽しいものではない。要するに、建設すること、新しい建造物を手に入れることによって得られる喜び、利便性が小さくなっているのだ。それは、投資される金額との比として表すとさらに顕著になるだろう。それは、茶の間にいながらアフリカの荒野を走るライオンの姿を見ることに対する喜びが、いつの間にか小さくなってしまったのと同様に。

喜びの少ないものにカネを出そうという人もいないだろう。つまらなくなったテレビの前に、人々は座らなくなり、NHKの受信料を出し渋り、スポンサーとなる企業もいなくなる。同様のことが建設業に関して起きた結果が、発注者たる企業の値切り、(談合の廃止は、発注者が公であるというだけ、と言ったら言い過ぎだが)、そして道路特定財源に関する混乱といえるのではないだろうか。

テレビは、昭和20年代のテクノロジーでありながら、ものすごい量の情報を発信することができた。その効果は疑う余地がなかった。インターネットの出現によって、その地位は相対的なものとなったが、テレビほど普及率が高く、統制の容易な情報伝達手段はない。そう、政府にとって、これほど都合のいいものはないのだ。この状況を手放してまで、地デジという冒険をしなければならない理由はなにもないと思うのだが、それはまた別の話。

建設業は、テレビのように国民にカネを届ける便利な道具だった。しかし、全国に道路が延び、住宅が行き渡った今日となっては、その効果は国民の実感からは余りに遠く、理解を得られない。道路特定財源についても、下記のような議論がテレビでなされるところを見たことがない。

道路特定財源に関するコメント - 日々一考(ver2.0)
http://d.hatena.ne.jp/econ-econome/20080331/p2

もっとも、そういう意味で建設業がつまらなくなったのは、昨日今日の話ではない。テレビはものすごい勢いで建設業に追いつき、追い越していってしまう。

そして、同じところに行き着く、とは思いたくないのだが。

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