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明けない夜はない

インド


人口で言えば世界有数の都市であろうデリーだが、夜中ともなると人気はほとんどなくなる。本当にこちらがコンノートプレイスでよかったのか。疑心暗鬼のまま歩き続ける。このまま一晩歩き続けるとしたら・・・。肩に背負った自分のに持つと、左手に持った彼女のカバンがずっしりと重くのしかかってくる。だが、やはり不安な様子を見せるわけにはいかないのだ。


しかし、明けない夜はない。目の前に見覚えのある建物が見える。バチカンサン・ピエトロ寺院よろしく円形に並ぶ柱は、まさしく外側から見たコンノートプレイスだ。

「もう大丈夫です!あとの道はわかりますから!」

冷静なふりもここまで。躍り上がるように、無人の大通りをかける。助かった。そう思った。まだ、最大のピンチが残っているとも知らずに。


コンノートプレイスのまわりを半周ほど回れば、メインバザールや駅の方へ向かう通りがある。コンノートを中心に、放射状に大通りが広がっているのだ。内側に向けては小ぎれいで全くインドらしいところのないコンノートプレイスだが、外側はそうでもない。ゴミが散らばる路上は、人気のなさと相まっていっそう寂しげに見える。それでも、街灯のある道はインドでは少ないのだから、文句を言うのは贅沢と言うものだろう。そう思えるほどには、私の心は明るかった。その街灯の明かりが、不気味に笑う男たちの顔を照らし出すまでは。


いつのまにか、囲まれていた。竹のような棒を持った男たちが5人ほど、いや、車からもう数人降りてくる。車は1台だけか・・・。何かを叫んでいる。英語ではない。持っている棒は長いものは2mほどもある。やはり、さっき捨て台詞を吐いた男の差し金か。本当に拉致するつもりか、それとも恐怖心をあおるだけの役目か。


男の一人が棒を振りかざす。本気なら彼女が危ない。思わず手をかざすと、小指のあたりに鈍い痛みを覚える。キャアという叫び声が、あたりに響きわたる。彼女には当たっていない。脅しだけか。当てるつもりはなかったのだろう。男たちの間に目に見えないくらいの小さな動揺が伝わっていくのを感じる。


逃げるしかない。彼女の手を引いて走り出す。あと少しでメインバザールまでたどり着くのに、こんなところで捕まるわけにはいかないのだ。向かう方向に人影が見える。薄い黄土色の上下を着た姿は、インドの警官だ。立ち止まって、暴漢に追われていることを訴えよう、と一瞬思ったが、それはリスクが高すぎる。先ほどまでリクシャーで連れ回される最中にも、同じ姿の警官を見かけたのだ。「メインバザールはどっちだ?!」そう叫んでも指さすことすらしなかったではないか。これほどの規模の犯罪グループが、警察の目に留まらぬわけがない。にもかかわらず、野放しにされているのであれば、警官にも手が回っていると考えるのが自然だろう。な
らば、今の状況は、「はさみうち」なのだ。


立ち止まっては危険。そう判断して、警官の横を走り抜ける。すれ違いざま、後ろを指さして「They hit me!!」、赤くなった手を見せる。警官の反応を見る余裕はない。追っ手はすぐそこまで迫っているのだ。


が、これが効を奏したようだ。しばらくして後ろを振り返ると追っ手の姿はなかった。警官が、奴らの足を止めてくれたのだろうか。やはり、暴力をふるったというのは、彼らとしては一千を越えた行為だったのだろうか。


無事にメインバザールにたどり着く。4年前に見た、懐かしい風景だが、夜中の4時ともなれば人気もなく閑散としている。もちろん、ゲートなどはない、が、宿はどこもいっぱいだった。「従業員用の部屋だったらあいてるよ。」という宿に彼女を押し込むようにして入れる。歩き方に乗っている宿だ、心配はないだろう。


私だけはさらに宿を探してさまよい続け、朝まで待っていいというところを見つけた。出されたチャイを飲み、ひと息つく。ぐったりと疲れ果ててはいたが、何かをやり遂げた、充実した気持ちになっていた。ようやく夜が明ける。


後日談になるが、あの「旅行会社」に連れて行かれた、という人の話を伝え聞いた。彼らのツアーは、客の意志とは関係なしにインド北部へ向かうものらしい。パキスタンとの紛争地域に。湖に浮かぶ小島に連れて行かれ、銃を突きつけられて、持ち金全部、むしりとられるらしい。本当だという確証はないが、あそこまで手の込んだことをするのであれば、そのくらい確実な方法に出ることも可能性がないではないな。と、思った。