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デリーの夜明けは近い

インド

前回の続き



いったい、どこまでが奴らのグループなのか。この運転手は間違いない。さっきの旅行会社にいた連中もそう。最初のバスの運転手、切符売り、ひょっとしたら途中で降りた現地人の乗客もグルなのかもしれない。前回の旅の時のも多くの詐欺師と出会ったが、ほとんどが2、3人グループで、こんな大規模で手の込んだマネをする奴らはいなかったように思う。


日本とインドの貨幣価値の差は、私の感覚では30倍くらい、その当時であった。日本で軽い食事をとるのに600円かかるとしたら、向こうでは20円くらいというような感じだ。詐欺師といっても、引っかかってくれれば運がいい、というスタンスで臨んでくるのも無理はない。いちいち追い払う時間を、インドまでの航空運賃を加味して計算すると、騙されてやった方がコスト安になることも多い。だが、それをしてしまっては、現地の治安にも、当人の生活感覚のためにも良いわけがない。しっかり財布を守るのが、「発つ鳥あとを濁」してはいけない旅人のマナーだと、私は思っている。


しかし、今回の「犯罪グループ」は、そんなかわいらしいものじゃないらしい。グループ全体に分け前を与えるには、どれだけの金がいるのか?


「そこがメインバザールだ。」

広い道を曲がって、裏通りのような道へ入っていく。ちがう、こんなところじゃない。そう思うが、私も来たのは4年前のこと、私の知っている側とは反対方向からメインバザールに入っていこうとしているのかもしれない。向こうにいくらか明かりの灯った街並みが見える。手前に背の低い、痩せぎすの男が棒を持って立っている。運転手が現地の言葉で何か話しかける。


と、その途端!やせた男はすごい剣幕で怒鳴りだした。声だけでなく、手も出る。肩のあたりとはいえ、運転手は小さなその男に殴られている。もっとも、ガタイの良い運転手には、ちっとも効いていそうもないが。目の前で繰り広げられるあからさまな暴力にしばし呆気にとられる。


「どうだ。やっぱり閉鎖されていただろう。」

「門番」から逃げ仰せた運転手は、無愛想なごつい顔の中にも、どこか得意そうな色を漂わせている。「門番」もグルなのか?そこまで手の込んだ犯罪なのか。グルだと考えるのならば、あの門番に与えられた使命は、「恐怖」を植え付けること。怖くなった観光客は、とりあえず安全な、奴らの旅行会社に逃げ込んでしまうのだろう。しかし、そうした演出までも含めた犯罪なのだとしたら、一大犯罪グループの存在を意識せざるを得なくなる。グルではない・・・なら、メインバザールは閉まっているのか?


疑心暗鬼で頭の中がぐるぐるとかき混ぜられる。


しかし、そのときひとすじの光明が見えた。


「この街並みには見覚えがある。」


まだ走り続けているリクシャーから見えているのは、4年前にデリーを歩いたときに見た光景に似ている。いや、似ているだけではない。

「コンノートプレイスだ」

コンノートプレイスは、デリーの中心にあるショッピングセンターであり、海外ブランドの「ほんものの」支店が軒を並べている。マクドナルドには、ガードマンが2人常駐する物々しさではあるが。円形の広場を囲む店舗の列はその側からも見間違いようがない。そして、コンノートプレイスは、メインバザールから歩いていける距離なのだ。今までぐるぐると走っていたのが、デリーの中心部であるということがわかった。あとは逃げるタイミングだけだ。


逃げる。その方針と、そう決めるに至った経緯を彼女に説明する。カタカナ語は使えない。うっかりコンノートプレイスなどと言おうものなら、こちらが今どこにいるかを把握したことがばれてしまう。いつでも降りられるよう、荷物を握りしめていてください、と彼女に告げる。話しながらも、コンノートプレイスの方角を見失わないようにしなければならない。あとは、走る車のスピードをどうやって緩めるか・・・。


しかし、チャンスは向こうからやってきた。


「燃料が切れる・・・。」


苦虫を噛み潰したような顔をして、運転手は給油所へ向かう。どれくらい走っていたのだろう。時計を見ると針は既に夜中の3時を指している。狭く揺れのひどい座席に座って身を固くしていたので、腰が痛い。地面に足が着いても、まだフワフワと体が揺れる。


「ここまででいい。」

一言だけを残し、女性に目で合図をして歩き出す。必死に見失わないようにしていた、先ほどのコンノートプレイスの方向へ。本当は走りたいが、リクシャー相手に逃げきれるものでもない。それに、これからの道のり、女性連れであることも考慮すると、体力を無駄にすることはできない。マザーテレサの家への贈り物の入ったカバンを引き受ける。中身はほとんど衣服ということで、それほど重くはないがカサがある。しばらくすると、当然だが給油を終えた運転手が追いかけてくる。

「夜のデリーは危険だ。旅行会社へ連れてってやる。乗れ。」

無視して歩き続ける。同じようなことを叫びながら、しばらく私たちに併走していたが、やがて姿を消した。やっと、離れることができたか。そう思った刹那、別のリクシャーが寄ってくる。


余談だが、インドを旅する中で、向こうから寄ってくる輩はまず信用できない。彼らから見たら大金を持っているとはいっても、言葉も風習も異なる外国人を相手にするのは、普通の善良な(?)インド人にとってはそれなりの恐怖なのだろう。


この場合も、およそ信用できない輩がきた、と思ったら案の定、バスから降りたときに寄ってきた数台のリクシャーの運転手の一人だ。おそらく、リーダーであると目される。あのとき乗ったお客は、「旅行会社」に降ろしてきたのだろう。こいつも私たちと併走しながら、旅行会社へ行こうと誘う。旅行会社には、日本人がたくさん待っている、と。依然無視を続ける私に、捨て台詞とばかりに叫んで遠ざかっていった。


「地獄に落ちるぞ」


と。




さらに続きます。