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デリーの夜はいつ明けるのか

インド

前回の続き


私と一緒に乗ったのは小柄な女性。日本から、まずタイに入って1ヶ月ほど過ごし、タイから先ほどの便に乗ってデリーに入ったそうだ。成田からデリーに向かうその便は、途中でバンコクに寄港するのだ。何でも、日本から持ってきた古着を、カルカッタのマザーテレサの家まで届けるらしい。何ともタフな話だ。インドで一人旅をしようという女性が、タフでないわけがないが。


走り始めたオートリクシャーは、早くも約束を破る。それぞれの車は、バラバラの方向へと走り始めたのだ。ハナから守るとは思っていなかったが、あまりにもあっさりと儚い期待は裏切られた。先ほどの大学生二人組の泣き顔が遠ざかっていく。大声で文句を言っても運転手は後ろの声など聞こえていないかのような素振りだ。


「仕方がない、飛び降りるか・・・。」


どこへ連れて行かれるかわからない車に乗り続けるくらいなら、選択肢としては「アリ」だ。しかしそれも一人ならばの話。隣の女性を残して逃げるわけにはいかない。少なくとも時速40kmは出ていそうなリクシャーから俺と同時に飛び降りろ、というのも、無茶な話だ。


それに飛び降りたところでここがどこだかもわからない。のみならず、本気で私たちを連れ去ろうというのなら、反抗的な態度は危険ですらある。追いかけてこられたら、逃げようはない。仕方なく、タクシーの運転手と客の立場で、芝居を続ける方針を彼女に告げた。もちろん、日本語で。


とにかく、行く先を連呼することしかできない。
「メインバザール、OK?」
無愛想な運転手は、わかってるさそんなこと、というような言葉を吐いたが、どうやら同じ所をぐるぐる回っているように見える。タクシーに乗るときには、方位磁針を手にするというのも、前回の旅から得た教訓だ。


あまりにもメインバザール、メインバザールと連呼するので鬱陶しくなったのだろうか。運転手は「メインバザールのゲートは、この時間にはもう閉まっている」と言い出す。やれやれ、見え透いたウソを。メインバザールは普通の宿屋街だ。ゲートなんて物は存在しない。4年前の記憶、それを呼び起こすことが、このピンチを切り抜けるための唯一の武器なのだ。「ノープロブレム!」かまわない、とにかく行け。


「本当だ。夜中にそんなところに行っても無駄だ。近くに知り合いの旅行会社がある。そこで今晩の宿を探せ。」


やっと目的が見えてきた。彼らが「旅行会社」へ連れていこうとするなら目的はただ一つだ。隣にいる彼女にも、私の考えを説明する。


「彼の目的は、私たちを仲間のいる『旅行会社』に連れていってツアーを組ませることです。それもとんでもない高額の。前回の旅で出会った人は、そんなツアーを組まされて、どこともしれない山の中に連れて行かれて、通行税だと言って何千ルピーも巻き上げられたらしいですよ。」

「インドってそんなことばっかりなんですか?」

そんなことばかりではないけれど、そんなことを考えて選ってくる人間がべらぼうに多いことは間違いないだろう。私は運転手に向かって叫ぶ。


「ノー。メインバザール以外へは行かない。メインバザールが閉鎖されているのなら駅で夜を明かしてもかまわない。」

返事はない。リクシャーは走り続ける。



やがて、やたらと車が密集して停めてある一帯にリクシャーは入る。どうやらタクシーのようだ。私たちが乗っているのと同じ、オートリクシャーもかなり見える。

「着いたぞ。ここがその旅行会社だ。」

いやいやいや。誰が旅行会社に行けと言った?しかし、相手も相当の人数だ。きっと、この運転手たちは、この「旅行会社」をアジトにするグルのはず。ここで囲まれたら終わりだ。


よく見ると、「旅行会社」の明るい照明の下には日本人の顔がちらほら見える。私たちと同じように連れてこられたのだろう。タクシーで来ているのは、空港から直接タクシーを使った連中だろう。さっきの男子大学生2人組の姿も見える。こっちに気づくと、うれしそうに笑顔を浮かべながら、

「あ!さっきのかたですね!良かったー。ここで宿を紹介してくれるみたいですよ!」

おいおい・・・。


「ちがう!これは詐欺だよ!」叫ぼうとすると、間に2、3人の男が割り込んでくる。暴力に訴えてくるのか?いや、そんなことをしたら、わざわざ旅行会社を装う意味がなくなってしまう。私がフクロにされるのを見たら、あの脳天気な大学生たちも、さすがにだまされていることに気づくだろう。


「車から降りちゃダメです。」


緊張の中、一言だけ彼女に告げる。隣にいる彼女を不安にさせてはいけない、その一心のみが私の心を支えている。お金で済むならば、素直にだまされた方が安全かもしれない。そんな弱気が私を襲う。


私たちが車から降りるつもりがないのを見ると、

「しょうがない、メインバザールに行ってやる。」

運転手はそういうと、再びリクシャーを走らせた。





また続きます