家づくりと料理の関係2

http://d.hatena.ne.jp/Gelsy/20061017
のつづき。

家づくりを語る言葉は、台所に偏っているから、それを鵜呑みにして設計してはいけないよ、というような話。


当然ながら、台所は料理をする場であるわけなんだけれど、いくら台所を中心に家づくりを考えると言っても、家が料理をつくるための装置だという人は、あまり一般的だとはいえないだろう。


じゃあ、料理するとき以外の生活について、貧困なボキャブラリの中から、どのように設計者に伝えればいいのか。


と、問題を振ってみたはいいものの、それは施主が考えることじゃないんだ、きっと。


たとえば、レストランに食事に行ったとしよう。おいしいものが食べたい。
きっとそう思うよね。
でも、そのレストランにはメニューがない。

「おいしいものが食べたいんだ。」
「おいしいものではわかりません。もっと具体的に。」
「うーん、じゃあ、イタリア料理で。」
「イタリア料理といってもいろいろありますよ。」
「えー、そんじゃスパゲティ(他によく知らないし)。」
「スパゲティにもいろいろありますよ。」
「んー、じゃあミートソース。」
「ミートソースといいますと?」
「そりゃ、トマトソースに挽き肉の入った例のあれだよ。」
「かしこまりました。わたくしどもは、お客様のご希望通りのお料理を提供させていただきます。」


おいしいイタリア料理のコースを期待してお店に行ったはずが、出てきたのは何の変哲もないスパゲティ。


確かにそう言ったし、スパゲティとしての味は悪くない。けど、このやり方じゃ、「期待していた以上のもの」と出会う可能性の芽は摘まれてしまう。


さすがこんなレストランはないだろうけど、家づくりの最初の段階で持たれる対話がこのような形で進んでしまうことは、珍しいことではないはずだ。


では、期待以上の食事と巡り会うためには何が必要か。


上記の例では、シェフの腕は悪くないのに、給仕の技術が不足している。いわゆる建築家、と呼ばれる人は、なぜか給仕とシェフを兼ねている。ケンチクの世界では、シェフとしての腕のみが評価され、給仕としての評価はなおざりにされることがままある。


ブランド(信用)と実力を兼ね備えたシェフに出会うことができたなら、「シェフにおまかせ」というのは有効な手段だ。たとえ有名なシェフのいる店でも、給仕の実力まではグルメ情報で提供されない。


給仕の実力が計れないのであれば、充実したメニューを用意する必要があるだろう。シェフ自身がじっくりと時間をかけて作成すべきだ。お客の側としては、ちゃんとしたメニューを求めるべきだろう。


反対に給仕のみが優れている店に行く場合、繰り返すが「期待以上」はありえない。お客であるあなた自身がしっかりとした知識と計画性を持ち合わせなければならない。これは、窮余の策と言わざるを得ない。


いずれにせよ、台所と近所のスーパーの関係を熱く語り続けることが、家づくりの第一歩としてふさわしくないのは明らかだ。旦那さんもたばこを吸いに行ったりしないで、まず相手(設計者)の実力を見極めよう。そして、

  • シェフにおまかせ
  • メニューを求める
  • 自分で勉強する

の、どの方針で行くのか、奥さんと作戦を練り直してみてはどうだろうか。


家づくりはビッグビジネス。その程度の時間を待てないことはないだろう。