吊り広告についてとかなんだかかんだか

東京に来てから更新が滞ってるんだけど、これはひとえに、電車の中で座れないからなのですよ。


取りあえず、新居が決まるまでは会社の寮から通うわけなんだけど、どうもこの通勤ルートの中では、座ってブログを書くような余裕は取れそうもないわけで。


携帯で文章を打つ人は、片手で吊り革持って片手で打つことも可能なんだろうけど、すっかりW-ZERO[es]に慣れきってしまった身にとっては、今さら携帯スタイルにもどるのも不可能に近いのですよ。


さて、今日は非常に風が強いけど、女子高生たちはあいかわらずのミニスカですね。


こないだ「時をかける少女」みたとき、


「あんなスカート短い女子高生いねーよwww」


なんて嫁さんと話してたんだけど、東京ではあれがリアル描写ですか。これ、なんて夢の国?


電車の中で本を開く余裕もないときでも、基本的になんか読んでないと落ち着かないので、吊り広告を熟読することになる。


関西の電車だと、吊り広告のスペースってあまりまくってて、JRなり私鉄各社の自社広告なんかを埋め草にしてごまかしてるわけだけど、東京の吊り広告が充実しちゃってるのはそういう理由もあるんだろうね。


関西の電車もガラガラというわけではないけど、新聞なり文庫本なりが開けないほどではないわけで。


同じ満員電車でも、吊り広告の広告媒体としての価値がぐっと上がる、イキ値が存在するみたい。


広告といえば、新しい現場の設計の先生が、日本の都市景観をよくするには、看板と電柱をなくすべきだ、と言ってた。


まあ、いろいろモヤっとくる意見だよね。