建築が理系に分類されることの不自然さ

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つねづね、言われていることではあるけれど、上記エントリーは、明瞭にその根元を突いていると思う。


日本では、最初の建築学科である東大建築学科が工学部に入れられて以来、建築は伝統的に理系として扱われることになった、らしい。


しかし、建築、特に建築設計という行為はほとんどの場合、アレアのプレイヤーによって(つまり、周りの人間を意識しながら)なされている。


設計者は、施主の意見に惑わされ、法律に縛られ、予算の中で葛藤する。


 しかし、建築の世界はこのような大多数のアレア・プレイヤーを評価しない。ごく少数のアゴンであることを許された(アゴンとなる道をこじ開けた、というべきか。)建築家を、理想的な姿としている。安藤忠雄氏を思い浮かべていただければ、そのイメージは鮮明になるだろう。


 このような価値観は、建築の長い歴史の中で綿々と引き継がれてきたものである。本来アレアであるはずの建築を、アゴンにしてしまうために、古の建築家たちは、その時代時代における、絶対的な価値観を引き合いに出す必要があった。


 現代のアゴン・プレイヤーである理系の人々にとって、それは科学であるといえよう。科学という絶対的な価値観によって形成された殻に守られ、自分の能力と対象とが向かい合うシチュエーションが成立する。


 しかし、建築の歴史は科学より古い。古の建築家たちは、その時代時代により、神を、数を、人間を、あるいは歴史そのものをその座に付けることにより、アゴン・プレイヤーとしての立場を保とうとしてきた。が、その度に絶対と思われていた価値観は揺らぎ、崩れていった。建築史とは、その価値観の変遷を辿るものであるともいえる。


 ところが、近代を迎え、科学が他の理系分野の共通の価値観としてその座を確かなものにしていく中、建築だけはこの科学という価値観に依って立つことを許されないという事態に至った。

 
 科学がもたらした著しい技術の発展は、建築に自由過ぎる自由を与え、自分の能力と対象とを1対1で向かい合わせるには、あまりにも多くの不確定要素をはらんでしまったのである。


 それでも、アゴンたることに執着した建築家たちは、近代建築5原則であったり、構造力学の追求であったりと、科学の枠組みの中にさらに小さな枠を組むことで、自らが閉じこもるための殻を構築しようと試みた。が、当然のようにそれらはもろく、近代より前に掲げた価値観に比するまでもなく崩れ落ち、現代にいたっている。



 もう、いいだろう。気は、済んだか?



 そもそも、どの時代においても、全ての建築家がアゴンであったわけではない。アゴン・プレイヤーの名のみを、建築の歴史に残そうと、そう決めていただけのこと。アレア・プレイヤーたちは、施主の声に耳を傾け、法律に従い、予算の枠内で世界中の家々を設計していったはずだ。


 あちらこちらで価値観の多様性が謳われる中、現代の建築家たちが新たに依って立つ絶対的な価値観を創造するのは極めて困難な道であると言えよう。


 現代の建築家たちは岐路に立たされる。


 アレアのプレイヤーとして生きるのか。


 あるいは絶対的な価値観など必要のない、自らの能力をその位置に押し上げることにより対象に向かい合う、「芸術家」という、究極のアゴンプレイヤーとして生きるのか。


 少々、アゴン、アレアという言葉の意味から外れてしまったのかもしれない。 



 いずれにせよ、理系に分類されることには無理が生じている。本当は、建築は、理系になりたかっただけなのかもしれない。



 それは、非常に工学的と思われている構造力学の分野とて同じこと。施主の意向があり、法律があり、予算が決められている面、アレアであることが求められる仕事であり、経済学やコンサルに比定すべきところがある。日本で最も有名な構造計算士であった姉歯氏も周りの目を気にするアレア・プレイヤーであったことは、彼の頭髪wうわなにをするんだやめろ